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第11話 新星誕生

Penulis: あるて
last update Tanggal publikasi: 2025-12-16 12:37:45

 昨日の夜、みんなから少し回りくどくてかつそれ以上に温かい励ましをもらったおかげで配信当日の昼間は何も気負うことなく過ごすことができた。

 気合を入れて作った晩御飯も会心の出来で幸先も良好。万全の状態で配信時間を迎えることができた。

 モーションキャプチャーとヘッドセットを装着してカメラの前で待機、あと数分で生配信が始まる。

 子役もやっていたしカメラの前に立つことには慣れているとはいえ、今回は素性を隠してのデビュー。

 星の数ほど生まれては注目されず消えていく人も多いVtuberという世界で、ダンスパフォーマンスメインとジャンルまで自分で絞ってしまってハードルはさらに上がっている。

 努力を重ねてきたという自信はあるけど、結局音楽の世界は感性の世界。

 わたしの感性が今の日本の人々に好印象で受け止めてもらえるのか、不安がないといえば噓になる。

 だけどわたしは自分の大好きな歌とダンスを通して人々に元気と幸せを届けるという道を自分で選んだ。そのための努力は惜しんでいない。

 勉強に勉強を重ねて知識だけは誰にも負けないほど持っていると思うけど、その知識のかけらを組み立てて世間に認めてもらえるような楽曲を作るのはわたしのセンスだ。

 特に気合を入れて作りこんだデビュー曲はまだ姉たちにも聞かせたことはないけど、自分で納得がいくだけのものは作り上げることができた。あとは聞いてもらって評価をもらうだけ。

 いよいよ配信の時間がやってきた。軽く深呼吸して配信を開始する。

「みんなこんばんわ!雪の精霊がみんなに歌声をお届けするよ!二日ぶりのYUKIですが待っていてくれたかな?今日デビュー曲を披露するってことでYUKIは少し緊張しております」

 声震えてないかな、大丈夫か。【がんばって】【楽しみに待ってた】など多数の応援コメントが並ぶのを見て安心すると同時にこの期待を裏切りたくないと気が引き締まる。

「登録者千人超えてるのも多いなと思ったけど、同時接続も400人って多くない?半分近くの人がリアルタイムで見てくれてるんだよね?でも初配信が千人記念にもなるなんて、みんなありがとね!」

 最初の配信からたくさんの人に聴いてもらえるのは素直に嬉しい。

【声もかわいいし期待値高い】といろんな人から期待されているのを見るとさらに気合が入るというものだ。

 そのうえ【キリさんがあちこちで宣伝してたよ】というコメントもちらほらあって感激してしまった。生みの親が一番応援してくれているというのはとても嬉しい。

「わぁ、キリママにはお世話になりっぱなしだぁ。感謝の言葉もないよ~」

 とコメントを返すと【日向キリ:好きでやってることだから気にしないで】と即座にレスが返ってきた。

「今日も来てくれてたんだね!キリママありがと!」

【日向キリ:YUKIちゃんの生配信見るためなら気合で仕事終わらせる】わたしの配信見るためにそこまで頑張ってくれるのね。いつか何かの形でお礼をしたいな。

 【キリママガチ勢w】わたしのチャンネルでよくコメントしてくれるから他のリスナーからこうやっていじられることも増えてきた。

 とってもいい人だから人柄の面でも人気が出てほしいなって思うな。

 けっこうな勢いで流れていくコメントの中で気になるものを見つけた。【YUKIちゃんの歌は期待できるってSNSでも評判よかったよ】ってなんで?

「え?わたし日本に帰ってきてから公の場で歌を披露したことないんだけど、どこ情報それ?」

【ソースは不明。でも前評判めちゃよかった】【めっちゃ期待してるよ!】【楽しみすぎて夜しか眠れませんでした!】と正体不明の前評判があって余計に期待値があがってるとのこと。

「いい感じでプレッシャーかけてくるねぇ。夜はぐっすり寝られたようで何より!寝不足はお肌の大敵だよー!さて、なぜか私への期待値が勝手に高まっているようなので早速歌の方に行ってみようかと思いまっす!」

【いよいよか~】【日向キリ:楽しんでね!】みんなわたしの歌声をしっかり聴いてダンスも良く見てね!

 ダンスもしっかりと映るようパソコンを置いてあるデスクから離れて全体像が収まる位置まで下がる。

 神経を集中して歌のイメージを頭に思い浮かべ、感情を込めて歌えるように自分の世界に入り込む。

「じゃあYUKIのデビュー曲『SNOW FAIRY』聞いてください!」

 曲が始まるのに合わせて体が動き出す。

 前奏が終わって曲に入ると自然に声が出る。

 伝えたい。

 歌い、踊り、雪のような静かさで世界に幸せと元気を届け、吹雪のように荒々しく悲しみや憂鬱を吹き飛ばすわたしは雪の精霊。

 わたしの声を聴いてほしい。

 あなたの心にまでわたしの歌声が響きますように。

 アメリカで一度つまづいてから今までずっと努力をしてきた。社交ダンスからストリークミュージックなどのあらゆる種類のダンスはもちろん日本舞踊まで踊りと名の付くものは目につく限り勉強した。

 体に力が入って声がブレるのを抑えるコツ、激しい動きでも力を入れずにスムーズに体を動かす一方でしっかりした発声も両立させられるよう、踊りのタイミングに合わせて声を出す腹式呼吸の出し方やブレスの入れ方の研究もしてきた。

 わたしが伝えたいことを声と体に乗せて全部表現するために、持って生まれた才能だけに頼らず何度も失敗を重ねて試行錯誤を繰り返し、汗をかいて磨き上げてきたわたしのパフォーマンス。

 積み重ねてきた努力と歌に込めた思いで一人でも多くの人の心を震わせることができたなら、今までの努力も報われる。

 わたしの持てる力をすべて込めて最後まで歌い切る。

 届けわたしの歌声!

 短いアウトロが終わってダンスも終わり、最後の決めポーズのまま数秒。姿勢を戻して深々とお辞儀して顔を上げる。やりきった感のあるいい笑顔になっていると思う。

 パソコンの前に戻ってきてコメントを確認してみると賞賛の嵐でログがとんでもない勢いで流れていた。感動した、胸に響いた、聞いてたら涙が出てきた等々およそ絶賛といっていい文言ばかりが並んでいる。

 よかった、わたしの歌は通用する!嬉しくて涙が出そうになったけどそこはグッとこらえてまずはリスナーさんたちにお礼を。

「みんな最後まで聞いてくれてありがとう!まだまだひよっ子のつたない歌だけどこんなに褒められるとは思っていなかったので、今みんなのコメントを見て感激してます!本当は歌う前、なんだこんなもんかって言われるかもっていう不安もあったんだ。でもコメントのひとつひとつがすごく心に響いてなんだか泣いてしまいそう!これからもみんなの応援に応えられるように精いっぱい歌い続けるから見放さないでずっと応援していて欲しいな!」

 熱心に応援して推してくれるコメントも目立った。【最推し決定】【毎週の生配信が楽しみ】【日向キリ:やっぱりわたしの目に狂いはなかった。号泣中】キリママ本当に号泣してそう。

 次に目立ったのは歌唱力に関して。【レベルが高すぎてそこらへんのプロより上手いと思ったし】【歌のテクニックもすごかったけど、何より心を込めて歌ってるのがすぐにわかったし、それを表現する声量にも圧倒されて鳥肌たった】昔に比べて自分でもレベルが上がった実感はあったけど、ここまで絶賛されるほど向上してたとは自分でも嬉しい驚きだ。

 それからこんなコメントも素直に嬉しかった。【最初の曲からYUKIちゃんを応援できるのって幸せもんだわ!】このまま最後まで応援してくれたらもっと嬉しいです。

「みんなほんとにありがとね!ずっと歌とダンスの勉強してきて曲のストックはまだまだあるからしばらくは毎週新曲をお届けできるからぜひ聞きに来てください!」

【もちろん!】【さっそくアラームセットしたぜ】リスナーさんの土曜夜の予定も埋まったみたい。

「それとおとといの告知の時にも予告していたんだけど、歌の後にとても大切なお知らせがあるって言ってたの覚えてる?」

【そういえば言ってたな】【なに?】【じつは本当にプロだったとか?】何をいいだすのかとみんな興味を抱いてくれている。もし裏切られたと感じてしまったらごめんなさい。

「そんなんじゃなくてね。たぶん今日ここにきている人はキリママ以外全員勘違いしてると思うんだけど、みんなわたしのこと女の子だと思ってるでしょ」

【え……】【そんなまさか】【その声で?】【日向キリ:実物見たわたしでも信じられない】前置きだけでみんなある程度は察したようでいろんな反応があるけど、共通してるのはまさかって思いがコメントにも表れてるところ。

「そのまさかでYUKIの中の人はれっきとした男の子なんです!髪も伸ばしてるし、見た目でも女の子って思われるんだけどちゃんと生物学上のオスに分類される生き物です!」

 コメント欄にはしばらくえ~~~の文字だけが流れていった。声だけでもそんなに女の子っぽいのかな?

「もう中二だからね、そろそろ声変わりもしてるはずで確かに子供の頃よりも低い声は出しやすくなった気がするけど、相変わらずハイトーンどころかホイッスルボイスまで出るしのどぼとけが出てくる気配もないし、わたしの第二次性徴はどうなってるんでしょうねぇ」

【そんな他人事みたいに】もう長年付き合ってきた我が体だけど、男の子らしい変化は全くなくて諦めムードなわたしにとってはほんとに他人事みたいな感覚だから仕方ない。

「身長も全然伸びてくれないし、体型も男らしくないし半分諦めてるからなぁ。今から筋肉ムキムキマッチョとかどうやっても不可能だろうし」

【体型とな。ちなみにスリーサイズは聞いても?】女の子相手だったらセクハラ扱いだけど、わたしは男だからその心配はなくてよかったね。

「女の子じゃないから大丈夫!身長は153cmで上から79、51、77だよ」

【ちっちゃ!】【いや女の子やん】【めちゃくちゃスレンダー】【わたしより細い……】言われなくてもわかってますよ、およそ男の子には思えない体型だってね……。

「ちっちゃいは禁句!背が伸びなかったことは軽くコンプレックスなんだから。男の子的にはなんだか発育不良みたいで不満だからもうちょっと成長してほしいんだけどね。この1年で1cmしか伸びなかったし成長期はもう終わっちゃったのかなぁ。でも食べる量だけはしっかり男の子でけっこう食べるんだよ」

【それでそんなスタイルを維持してるなんてうらやましい】

なんでかはわかんないけど太らないんだよね。新陳代謝の問題かな?

「女の子的にはそれがいいのかもしれないけど、男の子的にはもっと筋肉とか身長とか伸びて欲しかったよね」

【日向キリ:YUKIちゃんは今のままでいて。いつまでも変わらずいてほしい】なんか切実な響きがあるんですけど……。

【YUKIちゃんガチ勢のキリママにそこまで言わせるとはこれはいよいよ期待が高まってきますな!】

キリママはわたしの素顔を知ってるからあまり強く否定できないけど、これだけはほんと期待値を上げないでほしい。

「中の人の話題でこれ以上盛り上がらないで~……。ちゃんとキリママとお話しして了承ももらってることなんだけど、わたしVtuberとして活動するのは中学卒業までって決めていて、それ以降は素顔をさらして普通の配信者としてやっていく予定なんだ。その時にがっかりされるのもイヤだし、過剰な期待をするのはお控えください~。いたって普通、普通の男の娘ですから!」

【日向キリ:YUKIちゃんは人類の至宝。わたしが受けた衝撃を2年後にみんなも味わうことになる】

だから煽らないでってば!

「キリママやめて~」

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